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2008年4月

看護師の広域移動?

 病棟で不具合があって修理や修繕をする場合に、「修理伝票」を書いてもらうことになっているが、「北海道から来たばかりで、書き方がわからない。」「九州から来たばかりなので他の人に頼んで」といわれることがよくある。

 私自身4月1日に転職したばかりの“新人”ではっきりしたことは分からないのだが、厚生労働省傘下の独立法人である勤務先の病院は全国展開しており、全国各地に系列病院がある。

 したがって北海道から九州へ転勤する人がいてもおかしくはないのだが、現業労働者を広域移動させることの意味ははたしてあるのだろうか?

 病院の隣りに単身赴任者用の住宅や独身寮があるからといっても、相手は若い女性である。クリスマスケーキなみに扱われてもいいというわけではない。

 広域移動に応じろ、それがいやなら退職しろ、というのは女性労働者を恫喝しているのであろう。

 現在の医療現場は薬価の引き下げで収入減が見込まれている。これに対処するために、看護師の若返り(若年看護師は賃金が比較的安い)によってカバーするなどというのは労働者を犠牲にして経営難を乗り切ろうという資本の論理そのものだ。

 

 

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病院の喫煙所

  現在のボイラーは遠隔操作による自動運転が可能なので、昔のようにボイラー前で監視する必要はなくなったが、やっぱり時々は見ていないと心配になるので、ちょくちょくボイラー室には行くことにしているが、病院のボイラー室の前が職員の喫煙所になっているので、いつも入れ替わり立ち替わり看護師さんやレントゲン技師さんの姿が見える。

 大阪の知事さんによれば、このように勤務中にタバコを吸うのは許し難い行為なのだそうで、大阪府では午前と午後15分ずつあった“喫煙タイム”を公務員労働者から取り上げるようにしたそうである。

 しかしこの15分の“喫煙タイム”というのはもともとタバコを吸うための時間ではない。

 多くの職場で午前10時と午後3時には“お茶”の時間があり、手を休めてお茶やジュースを飲んだり、タバコを吸ったりする時間があった。

 本格的な職場だと給料日に千円ずつ徴収して、コーヒーやお茶やお菓子を買って、みんなでティータイムをやっているところもあったし、建設現場だと近くの自動販売機で缶コーヒーやジュースを買ってくるのが新入りの大事な仕事となっていた。

 自動車工場では “ほっとタイム”といって、ラインを止めて、トイレに行ったり、体操をやったりしてくつろぐ時間にしているところもあった。

 だから大阪府の知事が「勤務中にタバコを吸うような職場がどこにあるか、無駄な時間じゃないか」というのはあまりよろしくない。

 ところでこのような時間は労働基準法でいうところの休憩時間には入っていない。だから大阪府の知事はこのような時間は違法な休憩時間だから削ってもいいと考えるのだが、休憩時間ではないから削ってもいいということにはならない。

 労働基準法でいう休憩時間は、労働者が管理者の管理から離れてもよい時間であって、昼休みに工場を出て銀行に行ったり、パチンコ屋にいってもいい時間である。(かつての職場で本当に昼休みに近くのパチンコ屋へ行っていた景品を稼いでいた猛者がいた。)

 しかし、現在の労働現場で一般的に見られる“お茶の時間”は労働者が管理者の管理から離れてもよい時間ではない。

 それは「手すき時間」とか「許容される気分転換」とか「人間の生理的要求にねざす労働の中断時間」とかいろいろ言う人がいるが、基本的には、労働を継続する上で必要な一時的な労働の休止時間であって、職業的な長距離ドライバーに一定時間の運転後に休息を法律で義務づけているようなものである。

 このような休憩時間とは区別された10分、20分という短時間の休憩は労働の継続に必要な回生時間として労働時間に含まれるのであって、労働基準法の規定がないからなくしてしまってもかまわないということにはならない。

 

 

                               

 

 

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朝礼は自主参加でよいか

 病院を見回ると看護師さんたちがミーティングをしているのをよく目にする。朝・昼・晩と一日の労働時間の節目、節目でスタッフステーション(ナース・ステーション)に集まってはお互いの仕事の確認をしている。
 
 以前に、建築現場に電気工事で入ろうとしたとき、JV(建設工事企業連合体)の監督に「お前らは朝礼に出ていないから現場への立ち入りは禁止だ」と入構を断られたことがある。
 
 私はJVとは違う追加工事のために入ろうとしており、JVの指示に従う義務はなかったのだが、監督の指示に納得して、翌日出直し、朝礼に参加してようやく現場に入れてもらったが、私自身は監督の指示は当然のことだと思っている。
 
 今は特別高圧(5万ボルト以上)の開閉器は絶縁性のガスで封印されていて、人が触れることはまずないが、昔は充電部が露出しており電線が大きな碍子(がいし)で止めてあったので、定期的に碍子を清掃する作業があった。
 
 こういう作業は臨時の作業だったので地方からの出稼ぎ労働者がやっていたのだが、ある日の午後、昼休みが終わって午後の作業が始まる時に、現場は騒然となった。
 
 一人の労働者がみんなとは違う方向に歩いていったからだった。他の労働者たちは大声で「そっちの方にいくな」と叫んで、何人かの人は走り出したが、その人は聞こえなかったのか近くの碍子に登って、特高電線に接触してしまった。
 
 朝の朝礼の時に、現場責任者から午前中は1号線の碍子清掃をやって、午後から2号線の清掃を行うが、2号線の清掃をやるときには、1号線は生かす(通電させる)から1号線には近づくなという指示があったのだが、その労働者は家族に電話をかけにいっていて、朝礼には参加していなかったのだった。
 
 幸運なことにその人は、右手を失ったが、一命をとりとめた。
 
 朝礼時には、重要な作業手順や、作業の変更点が伝達される場合があるので、そういうことを確認しないと非常に重大な事故につながることもある。
 
 だから朝礼なり、朝のミーティングは当然職務に含まれ、労働時間に入れられるのだが、大阪府では朝の朝礼を始業時間前に行い、自主参加とするのだそうである。
 
 これは始業前の朝礼はサービス残業になるという女性職員の抗議にたいして、大阪府の知事が自主参加なら問題はないだろうということでそうなったという話だが、はっきり言って、現場で働いている人は朝礼に参加しないとその日の仕事はできない。
 
 だから自主的といっても、企業の「改善提案」運動のように、半ば強制的なものであり、サービス残業(タダ働き)を強制しているという点では、より悪質な不当労働行為といえるだろう。

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がんばれ平成生まれの労働者

 今年は平成20年だから、今年高校を卒業して就職した人ははじめての平成生まれの労働者ということになる。

 平成生まれの労働者が生まれつつあるということ自体が時代の様変わりを感じさせるが、今年は職場を変わったせいか、私のまわりにそういう人がたくさん見られる。

 最初、「新人です」といって挨拶に連れてこられた警備員がそうだったし、病院のあちらこちらに「研修中」の付属看護学校の学生さんがいる。

 一生懸命、先輩の看護師から言われたことノートにとっている姿は初々しいが、今日病院に点検に来た“防災屋”(消防設備の点検をする人)にも何人か、ピカピカの新人さんが何人か混じっていた。

 若い人が社会に参加し希望を持って仕事をするのは好ましいことだが、現実にはいろいろ困難もある。

 現在いろいろな職場に若い人が見られること自体が驚きをもってとらえられているのは、このようなかつては当たり前だった状態が長く途絶えていたから。

 不況のなかで、一番最初に、「年配者には家族があるから、遠慮しろよ(自主退職しろ)」といわれるのはつねに若い人であったし、企業が人材削減のもっとも安易な方法として採用したのが、新規採用を抑制することであり、新卒者の採用を見合わせることだった。

 こうして日本では失業率が若年になるほど高いといういびつな就労構造が形成されてきたが、このような構造自体が、現在の企業(資本)が若い労働者を余計者としてしか見ていなかったことをあらわしている。

 しかし“団塊の世代”がつぎつぎとリタイアしていくなかで、企業(資本)も若い世代の育成に乗り出さざるをえなくなっているが、むちろんそれは本気ではなく、経済状態が暗転すればたちまちもとに戻るような性質のものである。

 そして労働組合も誰かを犠牲にして自分たちの雇用を守る、その誰かというのは養うべき家族をもっていない若い人がいいであろうという安易な発想を捨てなければならないだろう。

 

 

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赤旗が泣いていた

 雨が近くなると古傷が痛むので前回は余計なことをいってしまった。

 読み返してみて何か大きな誤解を与えてしまいそうなので、仕方なく続きを書くことにしました。

 前回はバリケードの片隅で脂汗をながしながら痛みに耐えている学生さんが出てきましたが、校門での民青の暁部隊との衝突では、多くの学生がケガをしました。なかには脳挫傷で病院に運ばれた民青の学生もいました。

 ところでなぜこういうことになったのかを言っていませんでした。

 ことの発端は新左翼系の学生が学費値上げに対して、「日帝のアジア侵略に伴う学費値上げ絶対阻止」を掲げて大学封鎖を主張したのにたいして、民青は「暴力学生の排除」を掲げて新左翼系の学生の大学封鎖方針にたいして激しく対立し、校門にピケを張ったからでした。

 この時の新左翼系の学生の主張は、「無理筋(むりすじ)」というべきでしょう。70年当時日本は積極的にアメリカやアジア諸国に輸出して外貨を稼いでいましたが、これを「日帝(日本帝国主義)のアジア侵略」というのはあまり正しいことではありません。

 もっとおかしいのはその「日帝のアジア侵略」と「学費値上げ」が無理矢理結びつけられていることです。その大学は二流の私立大学で日本政府とも日本の大企業ともあまり関係がありません。二流の私立大学の経営が苦しくなったから学費を値上げしようということをこのようにとらえるのは正しいことではないとおもいます。

 もっとも民青系の学生の主張も「無理筋」でした。彼らは新左翼系の学生を「権力の手先」、「公安警察のスパイ」であるとして、国家権力が新左翼系の学生を使って自分たちを倒そうというのは、どこか被害妄想的でした。

 どうしても大学を封鎖したい新左翼系の学生と、どうしても大学を封鎖させたくないという民青系の学生の意地の張り合いのなかで、「無理が通れば道理が引っ込む」ということになってしまったのでした。

 こうしてバリケードに立てこもった新左翼系の学生はいくつもの新左翼のセクトとノンセクトラジカルという党派には属していない新左翼系の学生によって構成されていましたが、バリケードのなかでも諸勢力の不毛で陰湿な主導権争いが繰り広げられていました。

 その学生はノンセクトでしたが、いつしかこのような左翼組織内部での暗闘や足の引っ張り合いにすっかり嫌気がさしていました。

 だからいつも窓際に座って外を見るようになりました。そんな時、彼は意外なことに気がつきました。通りにはバスが走っている!道を行く女子高校生たちは何ごともなかったかのように笑いながら歩いている!

 自分たちは時代のさきがけで、自分たちが決起すれば、街の人々は拍手喝采して応援してくれ、後に続いてくれるだろうと考えていましたが、多くの人にとって自分たちのやっていることはどうでもいいことのなかに入っていると気がついたのでした。

 やがて雨が降ってきました。屋上に掲げられた赤旗をしまおうと彼は屋上に上ったのですが、雨に濡れた赤旗を見て彼の気持ちは変わりました。

 赤旗が泣いていると彼は思ったのです。

 雨はその夜も降り続きましたが、次の日の朝にはその学生はもうバリケードのなかにはいませんでした。

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人には言えない話

 今日、病院の手術室から電話の調子がおかしいというお呼びがかかって、はじめて手術室に入った。パンツ一丁になって術衣を着て、腰道具(ベルトにペンチやドライバをぶらさげたもの)をつけて手術室に入っていくのは笑えるが、手術室にはいるときはそういうきまりになっているそうだからこれも仕方がない。

 電話を修理しているときに手術台を見ていると、以前、工場で機械を修理していて、機械に左手を巻き込まれたときのことを思い出した。

 あの時はじめて手術台にのせられたが、麻酔注射を打ってもらうときに看護婦さんが、耳元で、「骨もグチャグチャになっているから後から痛むわよ」とささやいた。「やっぱり?」と聞き直すと「そうシクシクとね」、といって彼女は笑った。

 なんちゅう女だと思ったが、その日から数日間、本当にシクシクと手が痛かった。しかも熱が出て、寝られなくて夢とも現実ともつかない悪夢ばかり見るようになった。

 その夢というのは、学生時代のことで、ある日のこと、朝8時に大学近くの公園に50人ぐらいの学生が集まって、エイ、エイ、オーッというかけ声を合図に一斉に色とりどりのヘルメットをかぶって、手には鉄パイプを抱えて、大学に向かって全力で走り出して、校門のところでピケをはっていた民青の“暁部隊”と鉄パイプで殴り合いをやって、壁を乗り越えたり、強行突破したりして、大学の校舎になだれ込んで、屋上に赤旗を掲げたみんなでインターナショナルを歌った夢だ。

 民青の暁部隊に攻め込まれないように机やロッカーを積み上げるという“仕事”があったので、何も気がつかなかったが、夜になると左手がすごく痛かった、興奮していたので何がどうしたのかまるで覚えていなかったが、民青の“暁部隊”の一人に鉄パイプで思い切り左手を殴られたような気もする。

 もちろん、情況からいって病院や医者にかかれる状態ではないし、水道もガスも電気も止められていた上に、食料もなかったので、真っ暗闇のなかで左手を抱えて耐えることしかできなかった。

 そういう悪夢が鮮やかな総天然色で、何度も、何度も繰り返された。でもそういうことはもう人には言えない自分になっていた。

 

 

 

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防災センター

 普通は警備関係の人が勤めているところが「防災センター」と呼ばれている。火災警報盤や各種の警報がつながれている場所だが、小規模なビルではここにビルの照明や空調、上下水道、ガス、電気の管制装置が集められており、ここで各種の設備の運転指令を出したり、異常警報を受けたりしている。

 私がアルバイトをやっている結婚式場でも、私は通常休日はここに勤務している。

 しかし、数年前から従業員の休憩所がないということを支配人からいわれて、交代で食事をしたり、休憩したりすることを認めてしまったから、今ではこの部屋は従業員の休憩時代わりになってしまった。

 昔はタバコを吸うことも認めていたので、いつも若い女性が4、5人タバコをふかしているタバコの煙がもうもうと立ちのぼる場所だったが、今は防災センターでの喫煙は禁止されている。

 それでも狭い防災センターのなかで彼女たちがケラケラ笑いながら話をしていたり、食事をしていたり、化粧をしていたり、メールをうったりしていたりしていると私の居場所はなくなる。

 もっとも、いつ電話で呼び出されたり、警報が鳴ったりするのか分からないので、部屋を開けることもできないから、昼時はいつも部屋の隅っこで電話を抱えておとなしくしていることにしている。

 彼女たちは一見すると結婚式場という女性にとって華やかな職場で働いているように見えるが、その内実は低賃金と長時間労働が一般化している世界でもある。

 正社員の数は圧倒的に少ないが勤務時間は午前9時から午後9時と長く、結婚式がある前日にはその準備のために12時近くまでのこって準備している姿が見られる。

 残りの人の多くは派遣社員とアルバイトで、派遣社員の多くは日雇い派遣であって、それこそ携帯電話のメールを頼りにいろいろな職場を日々転々としている女性たちだ。

 以前は日雇い派遣は男性ばかりと思っていたが、女性でも接客業やサービス業では彼女らのような低賃金、低福利の仕事で働く人々は多い。

 だから現役の女性労働者はどちらかといえば、日々の生活にお疲れモードなのだが、アルバイトの多くは女子大学生で、結婚式場が忙しいのは休日であり、またコンパニオンのようなセクハラまがいの待遇もうけていないので女子大学生には授業のない日に働けるということで人気のある職場になっている。

 気楽な女子学生と生活がかかっている派遣社員のあいだで時々いさかいがある時があるが、それをなだめるのも結婚式場の“釜(かま)焚き(た)き”の仕事のうちに入っている(???)

 

 

 

 

 

 

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続発する公共機関の電気事故

 前の職場を辞めたのは3月31日で、それから数日して、その職場で漏電火災があったらしいという話を聞いた。

 一昨日は、東京のJRの変電所で火災があって、電車が止まったという記事を読んだ。

 私はこういう話を聞いてもあまり驚かない。むしろ、今後こういうことは増えていくだろうとさえ思っている。

 ここ数年、公共機関では入札制度が変更となり、多くのところで競争入札が取り入れられるようになってきており、これは一面ではこれまでの談合によるぼったくりよりはましなところもある。

 しかし、一方では、相当ひどい“安売り”業者も参入するようになってきており、普通の業者もその対抗手段として、入札価格をギリギリまで下げてきているという事情がある。

 そしてこの“安売り分”の大半は人件費の削減によって埋め合わされている。だから、近年、設備の維持・管理をしている労働者の賃金水準はかなり低下している。

 つまりメンテナンス会社の“安売り”にあわせて、メンテナンス労働者の賃金も安売りを強要されるようになっている。

 問題を起こした鉄道会社とは違う鉄道会社ではあるが、ハローワークで募集していた鉄道会社の変電所勤務の給料はおよそ21万円だった。これでは生活もできないのだから、普通の電気労働者は仕事を続けたくてもできないし、新しい人も入っては来ない。労働に見合った賃金が支払われないのだから、メンテナンス業界から人材の流出が続いている。

 前の職場でも、今年の入札は異常だった。二回入札をやって、二回とも「入札成立せず」という結果に終わったのだった。理由は、当局の「予算見積」が低すぎて、「予算超過」になったためだった。応札する業者が一社もなかったので、当局は私の会社と“談合”して、何とか入札価格よりも低い金額で落札させたが、そのために会社が職場の人にいってきたことは人員の削減と、賃金の切り下げだった。

 それで私は前の職場を辞めざるをえなかったのだが、そういう人は私のまわりにもかなりいる。この業界はもともと労働組合の組織化が進んでおらず、個人的な解決(つまりより労働条件のよい職場を求めて転職するということ)を強要されることが多かったが、それが、今では、労働条件が劣悪化した公共機関からより多くの賃金が期待できる病院や 工場、大規模施設といった職場への設備労働者の移転の流れができつつあり、この流れはますます太くなりつつある。

 だから公共機関が設備の管理・維持費をケチっている分だけ、確実に、設備の維持・管理の技術水準や仕事の質が低下してきているのだから、それは仕方のないことであろう。

 

 

 

 

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何の因果か

 4月に入って転職した。

 これまで“3K職場”(危険・汚い・給料が安い)を渡り歩いてきて、今回も同じようなものなのだが、気がついてみると、いつの間にかまわりは若い女性ばかりで、それこそソープランドの“釜(かま)焚(た)き”にされてしまったような気分だ。

 有能な看護師さんやブライダル・コーディネーターさんを“ソープランド嬢”呼ばわりはあまりいい言い方ではないのだが、同じ職場にいて、全然ちがう仕事をしているという程度に理解してください。

 

 

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