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赤旗が泣いていた

 雨が近くなると古傷が痛むので前回は余計なことをいってしまった。

 読み返してみて何か大きな誤解を与えてしまいそうなので、仕方なく続きを書くことにしました。

 前回はバリケードの片隅で脂汗をながしながら痛みに耐えている学生さんが出てきましたが、校門での民青の暁部隊との衝突では、多くの学生がケガをしました。なかには脳挫傷で病院に運ばれた民青の学生もいました。

 ところでなぜこういうことになったのかを言っていませんでした。

 ことの発端は新左翼系の学生が学費値上げに対して、「日帝のアジア侵略に伴う学費値上げ絶対阻止」を掲げて大学封鎖を主張したのにたいして、民青は「暴力学生の排除」を掲げて新左翼系の学生の大学封鎖方針にたいして激しく対立し、校門にピケを張ったからでした。

 この時の新左翼系の学生の主張は、「無理筋(むりすじ)」というべきでしょう。70年当時日本は積極的にアメリカやアジア諸国に輸出して外貨を稼いでいましたが、これを「日帝(日本帝国主義)のアジア侵略」というのはあまり正しいことではありません。

 もっとおかしいのはその「日帝のアジア侵略」と「学費値上げ」が無理矢理結びつけられていることです。その大学は二流の私立大学で日本政府とも日本の大企業ともあまり関係がありません。二流の私立大学の経営が苦しくなったから学費を値上げしようということをこのようにとらえるのは正しいことではないとおもいます。

 もっとも民青系の学生の主張も「無理筋」でした。彼らは新左翼系の学生を「権力の手先」、「公安警察のスパイ」であるとして、国家権力が新左翼系の学生を使って自分たちを倒そうというのは、どこか被害妄想的でした。

 どうしても大学を封鎖したい新左翼系の学生と、どうしても大学を封鎖させたくないという民青系の学生の意地の張り合いのなかで、「無理が通れば道理が引っ込む」ということになってしまったのでした。

 こうしてバリケードに立てこもった新左翼系の学生はいくつもの新左翼のセクトとノンセクトラジカルという党派には属していない新左翼系の学生によって構成されていましたが、バリケードのなかでも諸勢力の不毛で陰湿な主導権争いが繰り広げられていました。

 その学生はノンセクトでしたが、いつしかこのような左翼組織内部での暗闘や足の引っ張り合いにすっかり嫌気がさしていました。

 だからいつも窓際に座って外を見るようになりました。そんな時、彼は意外なことに気がつきました。通りにはバスが走っている!道を行く女子高校生たちは何ごともなかったかのように笑いながら歩いている!

 自分たちは時代のさきがけで、自分たちが決起すれば、街の人々は拍手喝采して応援してくれ、後に続いてくれるだろうと考えていましたが、多くの人にとって自分たちのやっていることはどうでもいいことのなかに入っていると気がついたのでした。

 やがて雨が降ってきました。屋上に掲げられた赤旗をしまおうと彼は屋上に上ったのですが、雨に濡れた赤旗を見て彼の気持ちは変わりました。

 赤旗が泣いていると彼は思ったのです。

 雨はその夜も降り続きましたが、次の日の朝にはその学生はもうバリケードのなかにはいませんでした。

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