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人には言えない話

 今日、病院の手術室から電話の調子がおかしいというお呼びがかかって、はじめて手術室に入った。パンツ一丁になって術衣を着て、腰道具(ベルトにペンチやドライバをぶらさげたもの)をつけて手術室に入っていくのは笑えるが、手術室にはいるときはそういうきまりになっているそうだからこれも仕方がない。

 電話を修理しているときに手術台を見ていると、以前、工場で機械を修理していて、機械に左手を巻き込まれたときのことを思い出した。

 あの時はじめて手術台にのせられたが、麻酔注射を打ってもらうときに看護婦さんが、耳元で、「骨もグチャグチャになっているから後から痛むわよ」とささやいた。「やっぱり?」と聞き直すと「そうシクシクとね」、といって彼女は笑った。

 なんちゅう女だと思ったが、その日から数日間、本当にシクシクと手が痛かった。しかも熱が出て、寝られなくて夢とも現実ともつかない悪夢ばかり見るようになった。

 その夢というのは、学生時代のことで、ある日のこと、朝8時に大学近くの公園に50人ぐらいの学生が集まって、エイ、エイ、オーッというかけ声を合図に一斉に色とりどりのヘルメットをかぶって、手には鉄パイプを抱えて、大学に向かって全力で走り出して、校門のところでピケをはっていた民青の“暁部隊”と鉄パイプで殴り合いをやって、壁を乗り越えたり、強行突破したりして、大学の校舎になだれ込んで、屋上に赤旗を掲げたみんなでインターナショナルを歌った夢だ。

 民青の暁部隊に攻め込まれないように机やロッカーを積み上げるという“仕事”があったので、何も気がつかなかったが、夜になると左手がすごく痛かった、興奮していたので何がどうしたのかまるで覚えていなかったが、民青の“暁部隊”の一人に鉄パイプで思い切り左手を殴られたような気もする。

 もちろん、情況からいって病院や医者にかかれる状態ではないし、水道もガスも電気も止められていた上に、食料もなかったので、真っ暗闇のなかで左手を抱えて耐えることしかできなかった。

 そういう悪夢が鮮やかな総天然色で、何度も、何度も繰り返された。でもそういうことはもう人には言えない自分になっていた。

 

 

 

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