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2008年7月

誰にも言えない30分間

 少し前の勤務の日の午前2時頃

 突然、警報の音で目を覚ました。

 「医療用圧縮空気の圧力低下」

 モニターを見ると0.32MPa(メガパスカル)でほとんど空気圧がなくなっている。

 顔面蒼白、茫然自失、

 やがて病棟やICUからジャンジャン問い合わせの電話がかかってきた。

 もう電話に出ているひまはないと思い、懐中電灯を持ってエネルギーセンターを飛び出す。

 医療用ガスの機械室は本館から少し離れたところにあるので、ランニングのまま走り出した。

 この時、かなり激しい雨が降っていたがもちろん雨具は持ってこなかった。

 本館を出るときドアが開かないので「バカヤロウ」と叫びながら、ドアを二度ほど蹴飛ばしたが、セキュリティーカードを提示しなければドアが開かないことを忘れていた。

 この間10秒ほど時間をロスした。

 直線距離を走ろうとして植え込みを飛び越えようとしたが、失敗して転倒、(この間10秒ほど時間をロス)、「クソ」と叫んでまた走り出した。

 この時、全力疾走で、パクン、パクンという心臓の音が聞こえるような気がした。

 ようやく医療用ガス機械室の前まできて、機械室の入り口のカギをさそうとしたが、手が震えてなかなかカギが鍵穴にはいらない。「なにやってんだ」と叫んだものの、この間10秒ほど時間をロス。

 ようやく機械室に入るとやはり医療ガス圧縮用のコンプレッサーが止まっていた。

 「落ち着け、落ち着け、落ち着け」と三度叫んだが、頭が混乱して何も考えられない。

 でもしばらくすると制御盤の表示も全部消えていたので、電源装置の扉を開けたらメインブレーカー(主開閉器)がトリップ(動作)していた。

 200Aのでかいブレーカーで普通は道具を使って入り切りをするのだが、両手でつまみを持って「ムオーン」と思いっきり力を入れて引き上げたらバチッといってONになった。

 ウイーンといってコンプレッサーが動き始めたので、危機的な状況はようやく脱出できた。

 ピッチ(医療用PHS)で「誰も死ななかった?」と聞いたら「大丈夫だ」という答えなので、全身の力が抜けてしまった。(それぞれの病棟にはこういう時のために非常用の人工呼吸器があるので、圧縮空気がなくなってもしばらくの間は人命が直接危機にさらされることはない)

 よかったと思って帰るとき、目の前がだんだん暗くなっていった。夜が暗いのは当たり前なのだが、夜でも病院の電灯や外灯が見えていたのが、見えなくなった。

 そしてみぞおちというか胸が苦しくなって息ができなくなった。

 それで胸を両手で押さえてへなへなとその場に座り込んでしまった。

 息ができないほど苦しかったけど、不思議なことに意識はあって、「エッ?オレはこんなところで終わってしまうのか?まだやらなければならないことも、やりたいこともあるよ」なんてバカなことを考えていた。

 でも、倒れ込んだとき、そこは雨で水たまりができていて、顔を水たまりのなかに突っ込んだら、気持ちがよくて、何か冷たくて気持ちがいいなんて思っていたら、「やっぱり、オレはここでは死なないんだ」と思いはじめた。

 そしたら、しだいに呼吸ができるようになって、もう少しすると、だいぶよくなった。

 警報発生から30分後にエネルギーセンターに帰ったが、この30分の間に起こったことは、だれにも言っていない。

 

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