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退職の理由

 今日の『日本経済新聞』に失業給付の記事が掲載されていた。

 現行の失業給付では、自己都合での退職と、会社都合(倒産による失職や解雇)での退職の間に大きな差があり、自己都合での退職は不利であるにもかかわらず、会社が“勝手に”自己都合での退職と書くために失業給付を受けられない人が多くいる、というものだった。

 アリョーハは4月1日に無職渡世人になったが、そうなった経緯はつぎのようなものであった。

 ①アリョーハの勤めていた病院の設備保守管理請負の業務を入札で、他の会社が落札した。

 ②この時、アリョーハには3つの選択肢があった。それは、A、落札した新会社に雇用してもらい病院に残る。B、元の会社に残り他の現場へ転勤する。C、会社を退職して自分で新しい会社を探す。

 ③結果として、アリョーハは、新会社の提示した賃金が安すぎ労働日数も増加する、元の会社の提示した移転先が清掃業務であり賃金が大幅に下落する、という理由でCを選択した。

 だから、アリョーハの離職票の離職理由には40番(自己都合による退職)と書いてあった。

 しかし、この退職はアリョーハの望んだものでも、「自己都合」でもなかったことは明らかである。確かに、Cを選択したのはアリョーハであったが、その選択は強要されたものであり、自分の意図したものではなかった。

 現在、多くの職を失った労働者の中で「自己都合による退職」となっているのは、ほとんど大なり、小なりアリョーハのようなケースが多い。つまり形式的には「自己都合による退職」になっているが、実質的には、強要された退職である場合が多いのである。

 だからといって、こういう労働者の離職票を「会社都合」に書きかえても問題は何も解決しない。

 そもそもが、退職理由によって失業給付に差をつけることがおかしいのである。労働者は奴隷や農奴ではないのだから、「勝手にやめるのは許さん。処罰の対象にする」といわれても、労働者には、労働の自由も、自分の勤務先を選ぶ権利もあるのだから、そういうものは尊重されるべきであろう。

 こういった制度、退職理由によって失業給付に差をつけて、労働者の自発的な退職を抑制しようとする制度は、日本の終身雇用制に対応している。

 労働者は一生を、一つの会社で働き続けるという前提のもとで、現在の日本の雇用保険制度(保険ばかりではなく雇用制度全体)は成り立っており、この制度からは自らの意思でずれていこうという労働者には、懲罰的な意味で、つまり、生活を不安定にして困らせてやろうという意味で、3ヶ月の給付制限やら、失業給付の給付日数に差をもうけている。

 この日本型の終身雇用では、急速に高度化し、発展する社会の変化に対応できないということで、資本は小泉政権のもとで、派遣労働とか、その他もろもろの新手の不正規雇用を拡大していったが、それに対応するかたちで雇用保険制度や労働者の雇用を守る諸施策が改変されなかったので、今回の経済危機の中で、不正規雇用労働者が大量に“解雇”され、“解雇”されても失業給付ももらえず、文字通り、住むところもなく真冬の街頭に放り出されてしまったのである。

 もちろんこれは資本の性ばかりではない。日本の全政党(共産党や革マル派、中核派といった左翼を含む)、全労働組合が日本の終身雇用制度は守られるべきであり、労働者の移動の自由というのは認められるべきではないという見地に立っている。

 かくして、現在の日本の雇用保険制度(保険ばかりではなく雇用制度全体)をより柔軟で労働者にとって(資本にとってではない)利用しやすいものにしていこうという試みは、試み自体が許容できない悪として否定されることになる。

 一方で、変化を求め、変化に対応した産業の再編成を求める社会(もちろん資本主義社会のこと)があり、それを絶対に許さないという硬直した社会がある。

 そういう点では、現在の日本の雇用保険制度(保険ばかりではなく雇用制度全体)は立ち往生しており、ますます隘路へと踏み込んでいると言えよう。

 その結果として、若者と中高年労働者へこの社会の矛盾がしわ寄せされているのである。

 そして、若い人が希望を持つことができない社会は長くは存続し続けることができないことは、歴史が教えている。

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