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猿のアウシュビッツ

 昔、某県にある某国立大学の霊長類研究所で釜焚き(ボイラーマン)をやっていた人が、ノイローゼになってどうしても今の仕事を辞めたいというので、アリョーハがピンチヒッターでその霊長類研究所の釜焚きを泊まり込みでやることになった。

 仕事の引き継ぎの時、その人が言ったのは、絶対に猿にエサをやったり、仲良くならないようにということだった。

 しかし、各猿小屋のスチームを点検する時には、オリの中に入らなければならないので、入ると猿は人なつっこくて、肩に乗ったり、抱きついてきたりするので、どうしても愛着がわいてくる。

 だが、その地下の冷凍庫には猿の死体、しかも無惨に切り刻まれた死体が山積みされており、研究室の中では、生きたまま頭蓋骨を半分切り取られて、むき出しの脳に電極を何本も埋め込まれた猿やエイズに感染されられた猿や、癌組織を植え付けられて癌に冒された猿やその他の病原菌やらウイルスやら、腫瘍やらを植え付けられて病気にさせられている猿がいた。こうした猿の何匹かは病態を観察するために生きたまま解剖されることもあるということだった。

 そして、夜になると猿小屋の猿たちは、やがて自分たちに訪れるであろう過酷な日々を本能的に感じているのだろうか、実に、悲しい声で泣くのである。しかも一匹が鳴くと、この声はやがて猿小屋全体の声となるので、どうしても目が覚めてしまう。

 そして、眠りにつこうとすると、昼間見た猿たちが「助けて、助けて」と言っているような気がして、すぐ目が覚めてしまう。

 アリョーハの前任者が言っていた「猿の鳴き声がつらいんだ」という言葉は本当によく分かるし、彼がノイローゼになった理由もよく分かる気がする。

 しかし、基本的にこういう問題は、人間の業(ごう=人が担っている運命や制約。主に悪運をいう)のようなもので、それこそ宗教的な病んだ心へと人を導くだけである。

 確かに、猿の脳に電極を突き刺すことで得られる知識は、それをしなかった場合に得られる知識よりもあまり多くはないのだろうが、反面、猿の人体実験によって救われた(病魔から解放された)人間の命は確かにあるのである。

 それがこういう研究所が秘密裏に、ひっそりと山の中に存在する理由であろう。

 現在、この種の研究所というより“猿のアウシュビッツ”は世界で三カ所しかないそうである。それは多くの国々、特にヨーロッパでは動物愛護の観点から法律で禁止されているからだそうだが、この研究所は世界的に有名なので世界中から学者が来ている。だから研究者、つまり、猿の強制収容所の医者、もしくは猿の731部隊の隊員の多くは日本人以外の研究者が多い。

 自分の国の法律で禁止している行為を他国へ来て行うというのは、偽善的であまり好ましくはないのだが、釜焚きの仕事は釜を焚くことであり、「動物解放戦線」のまねごとをすることではないので、夜はできるだけ何も聞かないようにしていた。といっても、どうしても鳴き声は聞こえるし、聞こえてくれば心がシクシクと傷んでくる。

 さいわい、ピンチヒッターは2週間程度で終わって、他の現場へ行くことになったが、ここに3ヶ月ぐらいいたら、もう少し違ったことを書いていたかも知れない。

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コメント

いきたくないです。

投稿: | 2010年4月30日 (金) 16時29分

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